合言葉は勇気 = f(12月の寒い朝)

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あらすじ:理不尽に立ち向かうこと、それが尊いのは疑いようがない。しかし私たちは自分が物語の主人公ではないと知っている。主人公ではない私たちが、心から勇気を振り絞って立ち上がるためには、いったい何が必要なのか。そもそも勇気って何なのか。凡庸なやまびこが必死に紡いでいく第七弾。/ やまびこ恵好

※複数のコンテンツについて、若干のネタバレを含みます。

 

寒い世界

朝はめっきり冷え込み、起きるのが億劫になってきた12月。

仕事に行かねばならないと思う自分と、別に行かねばならない理由などないと主張する自分と、そもそも働く意味とは?と問い始めた自分。彼らを喧嘩させぬよう無理やり意識の奥に押し込め、もう一度深く布団をかぶる。

つかの間の安息、しかしそれもたった5分ぽっちの逃避に過ぎない。一度覚醒したこの意識と肉体は、確かな時間軸の中をするすると移動して、いずれは家を出なければならない刻限に到達してしまうだろう。

仕方なく残酷極まりない冷気に身を晒し、おぼつかない足取りで洗面所を目指す。それにしても寒い。先日見かけた、布団の中と外をイラストで表したツイートを思い出した。

 

あるいは、打首獄門同好会のあの伝説のナンバーか。

 

優しくない世界

寒さに限らず、私たちを取り巻く世界は優しくない。温もりにあふれた布団の中ですら、決して優しいということはない。安心は結局、自分と他者との関係性の中にしかなく、しかしその関係性の中で、私たちは同じくらいの恐怖に脅かされている。

人が他者に承認されていたい、愛されていたいと願うのは、この恐怖を少しでも和らげるために違いない。

支度を済ませ、そそくさと家を出る。最寄りの駅では、生きるために生きるという行為に意義を見出せなくなった人々が、生きる意味を求めてエスカレーターに行列していた。

そして稀に、そんなものはどこにもないと悟ったひとりが、ホームからぽとりと零れ落ちていく日もある。

もとより決められた意味などない。生きる意味がないからといって、生きている意味がないかといえばそうでもないかもしれないが。

しかし探しに行くと確かにない。意味は自分の内から見出す他ないと知ったとき、私は自己の矮小さを自覚する。そしてまた、あの宇宙的恐怖が襲ってくるのだ。

 

勇気の話

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私は以前、理不尽な世界に抗うことが命そのものであると書いたような気がする。絶望的な状況にあっても、打開のために手段を尽くすことが生きる目的かつ使命であると。

しかし私に何ができるかを考える事は、しばらく蔑ろにしていた。

単純に怖かったのだと思う。真面目に議論したとして、再び自分の空虚さを目の当たりにすることになるのが、私はたまらなく恐ろしかった。

ただ逃げてばかりではいずれこの感情に追いつかれてしまう。少しでもヒントを得るため10年越しに手に取ったのは、理不尽な運命に抗う少年・ワタルの物語『ブレイブ・ストーリー』だ。

宮部みゆきファンの皆さんにとっては、これと『レベル7』しか読んだことがない私など赤子も同然であろうが、幼い私の人生観を確実に左右した作品の一つだと言える。

GONZOのメディア化戦略の負のイメージで記憶している方も少なくないかもしれないが、原作は児童文学としても大ヒットを飛ばした名作だ。昨今の異世界転生系の作家陣を子供のうちから育て上げた物語であると言っても過言ではない。

本筋は是非読者諸君の目で確かめてほしいが、ここには自分の感情に向き合うためのエッセンスがちりばめられている。

 

得難いもの

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(C)2006 フジテレビジョンGONZOワーナーエンターテイメントジャパン電通スカパー!WT

主人公のワタルは、自分の運命を変えるために異世界へと旅に出る。精霊の宿る宝玉を集め、女神に願いをかなえてもらうための旅だ。

次々と降り注ぐ過酷な事件に、勇気を持って立ち向かうワタル。その様子が、彼の現実世界の様相の鏡写しになっている点がとてもアイロニックでゾッとする。

道中では、冒険に挫折し、世の中を斜めに眺めることで自我を保っているかつての旅人たちにも出会う。これはまさに今の私そのものを指しているのだと感じた。

恐怖の力は強く、そしてねちっこい。無意味なことなんかやめてしまえと、心の内から囁き続ける。人が己の無力を悟りそれに甘んじた瞬間、せっかく獲得した勇気は、体の穴という穴から漏れ出してしまうものなのだ。

勇気を司る宝玉の精霊は、ワタルにこう告げる、

「私を得る扉は少なく、失う窓は多い。」

宇宙的恐怖に立ち向かう心、すなわち勇気を獲得すること、そしてそれを持ち続けることは何よりも難しいことなのだ。

そしてよしんば勇気を抱き世界に立ち向かうことができたとしても、勇気は信念を生み、信念は偏見を生み、偏見は憎しみを生む。

私もワタルのように、勇気と共に自らの内の憎しみですら己の一部であると認めることができるだろうか。

 

心の闇と向き合う

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自らの心の闇と向き合いそれを克服する描写は、物語の中ではむしろありきたりな方かもしれない。NARUTOもそうだし、ゆゆゆもそうだった。

私の記憶に鮮明なのは大久保篤の漫画、『ソウルイーター』かもしれない。これも自分の心、魂と向き合う物語だった。

「健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿る。」作中で繰り返し登場する標語のようなものだ。

極めて簡潔に、しかしとても困難なことを言い表している。私がこの一年間、これらすべてを健やかに保てていた日は、一体いくつあったのだろうか。

全体的にダークな、どこかお気楽な雰囲気のこの物語の中では、負の感情「狂気」と、その権化たる敵・鬼神が人々の心を惑わせていた。武器に変身する少年・ソウルとそれを操る武器職人のマカは、魂の力でこれに立ち向かう。

この「狂気」という言葉は、恐怖だけでなく、妬みや嫉み、理解不能なモノへの蔑み、憎しみや悲しみといった負の感情の爆発のことを指していて、個人的に心の闇を表す大変便利な表現だと思った。

狂気とはいつも誰の心にも巣食っているものだ。鬼神も言う、

「狂気は魔じゃない、誰でも持ってる。」

差別は何度是正しようとしてもなくならないし、戦争はいつまでたっても終わらない。何度倒しても、封印しても、人々の心に狂気が現れる度に、狂気の象徴:鬼神は復活する。

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2004 大久保篤/スクエアエニックス/テレビ東京/電通/ボンズ

ボンズ制作のアニメ版『ソウルイーター』では、漫画原作とは異なるラストを迎えることになる。しかしこの狂気の根源的不滅性についての描写が秀逸で、原作に勝るとも劣らない理解が垣間見える。

このアニメが、原作完結前のアニオリ展開の作品でありながら高い評価を得ているのは、原作の世界観への忠実なリスペクトに理由があるだろう。

※ここから下はアニメ版『ソウルイーター』の最終話ネタバレを含みます。

別に大した内容でもないので、お時間のある方はアニメ本編をご覧になってからお読みいただくことをお勧めいたします。

 

 

恐怖に立ち向かう主人公

私たちが恐怖を殺す方法は確かにある。恐怖とは、宇宙のように認識不能で理解の及ばない事象から、私たちの精神を守るための機制だ。

したがって森羅万象すべてを記憶し、理解することができれば、もしかしたら恐怖を克服することができるかもしれない。

ただし恐怖を克服しようと努力に努力を重ね、一度知識の力でねじ伏せたとしても、人が関わりの中で生きる不確定であやふやな世界では、やはり新たな未知が次々と生まれてくる。

カントの言う通り、私たちが物事を理解した瞬間、それらは理解したものとその外側に分類され、新たな未知を生み出すアンチノミーなのだ。

故に恐怖、狂気はなくならない。私の生きるこの世界ですらそれは疑いようのないことだ。そしてこの感情に惑い、自らの心の赴くままに振る舞い生きることも可能ではある。

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いつも心の内で鬼神が囁く。

「もういいんだ、楽になれ、狂気に身を任せれば、お前も恐怖から解放される。」

むしろそうせざるを得ないような気さえしてくる。なにせ、私たちは一般人。主役ではないのだから。

物語の主人公たちは違う。彼らには特別な力、恐怖に立ち向かう力、勇気がある。自分の闇に立ち向かう勇気が、理不尽を越えて行ける勇気が。そして勇気を携えて、彼らは何度でも狂気に打ち勝つ。

私たちにはそれが無い。だから彼らの齎す画面の向こうの感動に喝采する。ただ眺める。そして少しのため息と感動の余韻の中で、静かに本を閉じるのだ。

ソウルイーターの世界の主人公であるマカも、一度は心の闇に飲み込まれそうになりながら、目の前に立ちふさがる狂気=鬼神を、最後は「勇気を乗せた正拳突き」でいともあっさり倒してしまった。

ああ、またこのパターンか。

物語は痛快だ。ワタルだってナルトだって、主人公だからうまくやってのけた。今回もそうだ。世界を脅かす巨大な敵を、何の変哲もないただのパンチで打ち破ってしまえる。彼女には勇気があるから。

 

しかし拳を握り締めたマカは言う。

「そうだよ、特別じゃない。だから、誰でも持ってる」

 

合言葉は勇気!

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2004 大久保篤/スクエアエニックス/テレビ東京/電通/ボンズ

人は簡単に恐怖を抱くが、一方で簡単なことで勇気をもらえる。狂気が誰の心にもあるように、勇気も私のこの心の中にある。

理不尽な世界、宇宙的恐怖に遭遇したとき、私たちの思考は概ね止まる。これに立ち向かうためには、きっととても大きな力が必要なのだと思ってしまいがちだが、どうやらそれは違うらしい。

ただ自分の中にある勇気を取り出して、拳に乗せてぶつけるだけでよいのだ。

狂気に負けそうになったとき、まず私にできることは勇気を思い出すこと。物語の主人公たちは、この切り返しがとっても上手な人たちだったのだ。

合言葉は勇気。奇しくも、アニメ版ソウルイーター最終話のタイトルは、三谷幸喜脚本のTVドラマにつながっていた。

きっと何者にもなれない私たち生存戦略。降りかかる理不尽に対してどう勇気を持って立ち向かっていくのかをヒントをもらえる作品だ。

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さて、私たちが理不尽に思考を奪われたとき、まずは勇気を思い出すべきだということは分かった。

ではどうすれば、主人公たちのように素早い切り替えが可能なのか。それについては、再度別の機会に考えてみようと思う。

 

今日の関数:

合言葉は勇気
= 0.5*特別じゃない勇気 + 0.5*特別じゃない狂気

 

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